母、急逝。

訃報 緊急 くりえいとこと栗本たかひろ 母、栗本輝美、
11月25日 朝6時40分に死去いたしました。享年84歳。
阿南市新野界隈の方々をはじめ直売所のお客様、出荷者様
また生前ご厚誼賜った皆様には
謹んで感謝の意を表します。
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母は、筍の里はたえだ直売所で初代会長も歴任し、
この20年間は、筍の里はたえだ直売所での活動が
人生そのものでした。
その温かいご愛顧に、
愚息として心より感謝いたします。
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今朝も、直売所(今日は特別に新野高校)で
「バザーがある」と張り切っており
昨日の準備からフルパワーで活動しており、
今朝も3時30分から起きての活動であったようです。
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ただ、今朝の約束時間(4時)に直売所に姿を見せないことから
会員の方が我が家を訪ねて下さり、
私を起こして下さった上での発見となりました。
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救急出動を依頼し阿南医療センターでの救命措置も
甲斐なくの結果となりました。
大動脈瘤乖離による即死でした。
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母の人生、20歳で嫁ぎ先のここ新野で私を産み、
子育てと過酷な農家と縫製工場のパート。
そして60からは筍の里はたえだ直売所のリーダー。
長男の私は26から大阪に出た広告人生で、
我が家の切り盛りで一杯いっぱい。
私は61から阿南に戻って同居を始め、
3年目での母の早逝・・・。
いまは、まだまだ、総括ができません。
整理もつきません。
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わたし、日頃、えらそうに動画を上げていますが、
人生の結節点では、どうしていいのかわからずにいます。
でも、私は霊魂の不滅を知っていますから、
母の枕もとで感じることをつぶやきました。
そうしたら、「ありがとうね。ありがとうな。ありがとう。ありがとう。」
こうゆうことばしか出てきません・・・。
鼻水をたらたらすすりながら、
「ありがとうね。ありがとうな。ありがとう。」と
母のなきがらに語り掛けるだけです・・・。
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息子の私ですが、
なにも肩書もなく、なにもできず、ちっぽけな男です。
お母さんごめんね
こんなちっさくて。
今朝5時30分。
私は発見次第、手を握って寝かせて蘇生マッサージをした。
その手の冷たさ。
反対にまだ温かい胸。
感触まで全部よみがえります。
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みなさんすみません。
新野の地で栗本輝美が生きてきたこと。
地域のみなさまに本当に親しまれてきたこと。
ただそれだけをお伝えしたくて
息子が書きました。
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愚息の私ができる精一杯のとむらいのかたち。
母はわたしの誇りです。
おかあさん。
ほんとにごくろうさま。
そしてありがとう。
地域の皆さん
母を愛してくれてありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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※写真は去年 年末のおもちつき(家で)